我慢できる=いいこと?

「我慢できることは、いいこと」
「我慢できないのは、わがまま」

いつの間にか、そんなふうに思っていないでしょうか。

子どもの頃、「我慢しなさい」と言われた経験がある人も多いかもしれません。

順番を待つ。
欲しいものをあきらめる。
嫌なことがあっても、やり過ごす。
自分より誰かを優先する。

そうした経験を重ねる中で、

「我慢できることは、いいこと」
「我慢できる人は大人」

という考え方を身につけてきたのかもしれません。

もちろん、暮らしの中には、思い通りにならないことがあるので、

少し待つこと。
誰かにゆずること。
もう少し続けてみること。

そうしたことは、人と一緒に生活していくうえで必要な力です。

けれど、「我慢できる自分」でいることを大切にするあまり、
こんなことは起きていないでしょうか。

疲れているのに、「私がやらなきゃ」と無理をする。
本当は嫌なのに、「これくらい我慢しなきゃ」と言えずにいる。
困っているのに、「迷惑をかけたくない」と助けを求めない。
悲しいのに、「これくらいで傷つくなんて」と、自分の気持ちを小さくする。

「どうしたいか」よりも、
「どうするべきか」を優先することが続くと、

自分の気持ちが分からなくなったり、
怒りや疲れがたまったりすることがあります。

だからといって、
「我慢しなくていい」
「嫌なことは全部断ればいい」ということでもありません。

大切なのは、
我慢できるようになることだけではなく、
自分で考えて、選ぶ力を身につけること

もう少し待つのか。
ゆずるのか。
伝えるのか。
休むのか。
助けを求めるのか。

「今、私はどうしたい?どうする?」

自分の気持ちに気づきながら、
その時の自分に必要なことを考えて、
自分で選ぶ。

それは、ただ我慢することとは違います。

そして、こうした力は、家族の中でも育んでいくことができます。

子どもが思い通りにならない時に、ただ「我慢しなさい」と伝えるのではなく、

「今は待つしかないね。どうしたら待てそう?」
「嫌だったんだね。どう伝えてみようか?」
「困っているなら、一緒に考えよう」

と、一緒に考えてみる。

大人同士でも、
「あなたが我慢すればいい」と一方に求めるのではなく、

それぞれの気持ちや事情を伝えながら、
「どうするか」を一緒に考える。

「我慢できる=いいこと?」

一度立ち止まって、自分自身に問いかけてみましょう。

そして、家族の中でも、
「どうしたい?」「どうする?」
と一緒に考えてみる。

そんなところから、我慢することだけに頼らない関係が始まるのかもしれません。